2015年

11月

11日

若き日々の頃のことを、又、思い出しました。

歳をとったせいかも知れませんが、時たま、若かった頃のことを思い出しますね。一番懐かしく思うのは、やはり、”東京オリンピック1964”前後、

私が20歳代の頃のことです。

その頃の音楽・歌の流行りは、グループサウンズ、フォークソング、和製ポップス、歌謡曲(演歌)などで、今考えると、日本の音楽業界の全盛時代だったと言えるのでは・・。

私が夢中になったのは、何んといっても、フォークソングです。

フォークソングには、フォークギターが付き物ですね。

私も、親にねだってギターを買ってもらい、流行りのフォークのヒット曲を弾けるよう、よく練習しましたよ。

 

     はしだのりひことクライマックスの”花嫁”です。フォークソングの中

  でも、名曲中の名曲だと思います。

   加藤和彦、北山修、坂崎幸之助の”あの素晴らしい愛をもう一度”。

   ”フォーククルセダーズ”のヒット曲のひとつ。メロディーラインが

   素晴らしいです。

   南こうせつの”夢一夜”です。数々のフォークソングの中で、

   私は、一番のお気に入りの曲です。

   イルカの”なごり雪”です。この曲も、メロディーラインがとてもきれい

   です。でもイルカって、子供なのか大人なのかちょっと判らない

   ところがある、不思議な魅力のあるフォーク歌手でした。


当時人気のあったフォーク歌手、グループ(上のビデオ以外)は、他に、吉田拓郎、山本コータロー、ハイファイセット、五つの赤い風船、森山良子、伊勢正三、カルメンマキ、泉谷しげる、マイク真木らがいました。

まだまだ紹介したいフォークソングは、たくさんありますが、今回はこの辺で・・・。

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コメント: 6
  • #1

    KYO (木曜日, 12 11月 2015 06:05)

    Naoさん、いつもブログ更新ご苦労様です。
    ころ頃のフォークを含めた和製ポップスには今日のリズム主体のポップスとは違ってメロディラインや歌詞に優れた曲が多くありましたね。
    <夢一夜、南こうせつ><不思議なピーチパイ、竹内マリア><今の君はピカピカに光って、斉藤哲夫>そのほかにもそうそうたる実力者がCMソングを歌っていた時代でした。
    さて観光旅行などには興味が薄い小生ですが毎日ウドンの安アパートでゴロゴロしているのもいかがなものかとチェンマイに5泊しているところです。
    なるほどチェンマイにはウドンタニよりも寺院が密集していて過去においては仏教文化がどれほど栄え民衆の生活と一体化していたかをうかがい知ることができます。
    ここはウドンとは違い観光で栄えている都市なので日本料理店も10軒以上はあります。しかし同業者が多すぎてどこもなかなか大変そうな気がします。
    ビザの問題は自分にもようやく理解でき始めました。知人に<ビザラン絶対大丈夫>派の人間がいましたが最近ビエンチャンからの再入国に際してノービザ入国を認めてもらえずビザを要求されたそうです。<ビザラン絶対大丈夫>派
    はかくして旗を降ろすことになりました。
    自分の場合には滞在期間は60~90日以内程度ですからノービザでの30日の期間が切れる前にビエンチャンでシングルビザ所得するかウドンのイミグレで30日の滞在延長申請(1900B)のどちらかを利用することで問題はなさそうです。
    タイ政府の方針は<長期滞在No>ではなく<ビザ無し長期滞在No>だと理解して間違いないと思います。言い換えればビザ代を政府に払わないような輩はタイ国に対して経済にも治安的にも害あってメリットなしと考えているように思います。
    とすればノービザ30日+シングルビザ60日=90日
    シングルビザ取得回数制限が2回だとして90×2=180日
    さらにノービザ+30日延長申請=60日 
    30日延長申請にも回数制限があるかどうかは不明ですが色々組み合わせればまだ当分は何とかなりそうです。

  • #2

    NAO (木曜日, 12 11月 2015 10:28)

    KYOさん。又ものコメント投稿、ありがとうございます。
    ”東京オリンピック1964”前後の日本の音楽(歌謡)界は、活気に満ち溢れていたように思います。TVでは、音楽番組が数多く放映され、ラジオでは、リクエスト番組だらけといった様相を呈していました。
    多くの歌手も輩出されました。(タレントスカウト番組も盛んでしたね。)
    とても懐かしい時代でした。

  • #3

    JOSAN (木曜日, 12 11月 2015 18:41)

    私はNAOさんより少し年下ですので、フォークソングブームは中学生でした、そしてGSブームは高校生で私も仲間とロックバンドを組んで遊んで居ました。
    KYOさん今回はウドンのイミグレで1900バーツで30日間延長で良いのでは、噂では11/13日以降からビエンチャンでは、観光ビザはSビザと180日の新しいマルチビザだけになり、Wビザは廃止の様です事実上値上げですね。
    日本でこの新しい180日の観光マルチビザを取るには、銀行預金証明が20万バーツ以上要だとの事らしいですね。

  • #4

    NAO (木曜日, 12 11月 2015 21:38)

    JOSANさん。度々のコメント投稿、ありがとうございます。
    そうですか。JOSANさん、高校時代、お仲間とロックバンドを、やりますね~!
    私は、大学浪人時代、高校時代の友達から、フォークソングバンドにと誘われましたが、丁度その時、大病を患って入院中だった為、バンド参加は叶いませんでした。でも、とても懐かしい思い出として、今でも心の中に残っていますよ。

  • #5

    KYO (木曜日, 12 11月 2015 22:24)

    Josanビザに関するアドバイスありがとうございます。
    なるほど今回はわざわざラオスまで行く必要はありませんね。あちらで1泊するコストも考えるとウドンで1900B,これで決まりですね。
    あの時代には高校生の半数くらいはギターコードくらいは弾けたははずです。
    私も大学浪人時代からロックやJazzが好きでした。新宿の風月堂を拠点に紀伊国屋裏のピットイン、厚生年金会館前のSouleat,時たま歌舞伎町の木馬でした。
    Souleatが閉店したころは大学生になっていたので吉祥寺のFunky,ぐゎらん堂
    国分寺のほら貝などの常連でした。
    ロックはピンクフロイドやオールマンが好きでした。、
    フォークは高田渡、ジャズはコルトレーン、ソニー・ロリンズ、ナベサダでしたね。いや~懐かしい・・・

  • #6

    NAO (金曜日, 13 11月 2015 09:59)

    KYOさん。毎回のようなコメント投稿、ありがとうございます。
    ビザ取得に関しては、KYOさんの思う通りにおやりになるのが一番です。頑張ってくださいね。
    KYOさんと私は、年齢が一回り以上、離れていますよね。
    世代が違うと、音楽に対する嗜好もかなり違うんですね。
    日本でロックやジャズが流行ったのは、私が、社会に出て数年後だったと記憶しています。ピンクフロイドの名前、数十年ぶりに聞きました。ナベサダ(私、コンサートに行きました。)も懐かしいです。