久しぶりに‘象さん’が、家の前にやってきました。

       久しぶりに、ウチの前に‘象さん’がやってきました。

       早速、`20バーツ’分のエサをタンブンしました。

       `象さんは、ドデカイ図体ですが、可愛いですよね。

 

上記の‘象遣い’もそうですが、ウチの前の通りには、よく‘モノ売り行商人’

がよく通ります。アイスクリーム屋、ソムタム屋、箒木売り、鉈・まな板売り、染物や、テント屋、サラパオ屋などです。

これらの行商人を見かけると、私、子供の頃のことを思い出しますね。

私の幼少時代(5歳~12歳頃)、街中を行商するオジサン達が、たくさんいました。

金魚屋、ベッコウ飴屋、豆腐屋、竿竹屋、あさり・しじみ屋、玄米パン屋、

そうそう、紙芝居のオジサンも毎日のように来ていましたっけ‥。

スゴーク懐かしいですね。

あの頃の日本は、未だ、戦争の傷跡が残ったりしていて、人々の暮らしもそれほど豊かではありませんでした。

コンビニもなく、勿論、ファーストフード店もなく、子供の遊びと言えば、めんこ、べーゴマ、ビー玉、三角ベース野球、チャンバラごっこ、釘さし、穴つぶし、などなど‥素朴な遊びばかりでしたね。

でも、何だか、ゆったりと時が流れ、「貧しいながらも楽しい我が家」の家庭が殆どでした。

こんな昔のことを懐かしく思うってーことは、歳を取った証拠ですね。

ヤーですね。

コメントをお書きください

コメント: 4
  • #1

    JOSAN (土曜日, 06 6月 2015 06:57)

    NAOさん昭和30年代は、日本も貧しくてご馳走もコロッケや、赤いウインナ~や鯨のカツでしたね。
    子供の服は兄弟のツギ当てのお下がりが当たり前で、青鼻を垂らした子が沢山居ました。
    子供は遊び道具も自分達で作り、外で遊んでばかり居ましたが、楽しい思い出ばかりです。
    当時は日本中がみんなが貧乏でしたが、私には楽しい子供時代でしたね~。

  • #2

    NAO (土曜日, 06 6月 2015 11:33)

    JOSANさん。毎度のコメント投稿、ありがとうございます。
    JOSANさんの「コロッケ、赤いウィンナ、鯨のカツ」で思い出しました。
    パン屋で買ったコロッケサンド。弁当に入ってた赤いウィンナ、給食によく出てきた鯨のカツ(立田揚げ?)。これら、当時の私にはどれも大ご馳走で、大好きでした。
    JOSANさんの仰る通り、当時は、日本中が皆、貧乏。でも、粗末な食べ物でもご馳走、素朴な遊びの数々、楽しいことばかりでした。

  • #3

    NITTAYO (土曜日, 06 6月 2015 16:41)

    naoさん
    いつもブログ更新ご苦労様です。

    今回の訪ウドンでは象さんに会う事が出来ませんでした(残念)、大きな象さんの場合は腹を3回くぐらして頂き、小象さんの場合はおバカな日本人として象使いの持っているサトウキビを大人買いをするのが私流の儀式です、毎日公園の歩道古式按摩三昧でウドン空港から行き付けマッサージ店に直行で帰国当日時も古式按摩で施療してからウドン空港に行きました。
    またコロッケと云えば麻布十番の水上精肉店のコロッケ1個と刻みキャベツでごはんを何杯食べれるか弟と競争しておりました。

    次回の訪タイは10、11月と思われますが増設手術室の工事で問題が発生すれば来年1月中旬になります、来週にはキャンプ富士のパワースポットに願掛けと社内リクレーションとして工事が無事に遂行出来る様に行ってきます。

  • #4

    NAO (土曜日, 06 6月 2015 19:10)

    NITTAYOさん。又々のコメント投稿、ありがとうございます。
    NITTAYOさんの今回の訪ウドン時、象さんに逢えなかったのは残念でしたね。
    NITTAYOさんも、私と世代が同じなので、子供の時代の思い出もおなじようなものですね。NITTAYOさんは、「コロッケ1個で、御飯を何杯?競争」。私も弟と、「砂糖入り黄な粉御飯の食べ競争」をしたことを覚えています。
    相変わらずお忙しそうなのは、ケッコウなことです。
    次回ウドン訪問。お待ちしています。