2014年

10月

30日

私のタイ定住履歴書①

懇意にしてる‘ブロ友・しゅんさん’のご要望にお応えし、‘私のタイ定住履歴書’と称し、2回に分けてお話しますね。

私が、タイ定住を決めたのは、今から18年前です。最初は、仕事や遊びで馴染みの深いバンコクに今のカミさんと一緒に住みはじめました。                 カミさんの実家(ノーンブアランプー)

一年、バンコクで暮らした後、カミ  近くの池の畔で、親戚の人たちとの

さんの実家のあるノーンブアラン   ピクニック。その池で獲れた魚を

プーの隣の県・ウドンタニーに住む  焼いて食べたり、周りに生っている

ことを決めたんです。          マンゴを食べたりと、楽しかったでそれから半年後、ウドンで土地を   すよ。

買い、そこに自宅兼アパート(土地も家も、名義は、カミさん)を新築しました。建築予算、アパート経営など、多少の不安はありましたが、幸運にも、全て上手く行きましたね。

その頃のウドンには、チャルンシーコンプレックス(現セントラルプラザ)をはじめ、大スーパーセンターが3つ、大きな病院も4館、大学(専門学校)

が5校ほどある中都市という印象でしたね。

 

ウドンに定住してからも、よくノーンブアランプーには、遊びに行きました。

その頃、ノーンブアランプーの街は、かなり貧相(商店なども少なく、街全体が小さい)で、郊外の村は、田んぼや畑、未開墾地が広がるばかり。都会育ちの私から見ると、ナ~ンニモナイ!ド田舎にしか見えません。

でも、幼少の頃(10歳頃)、日本での田舎暮らしをした経験があるせいか、その風景や村の人々の生活を見ていると、何故か、妙に懐かしさを覚えましたね。

例えば、電話がない、水道もない(水は、井戸からポンプで吸い上げ)、ガスもない(煮炊きは、炭使用)、あるのは電気、テレビ、冷蔵庫だけ。

食べ物も、自然食(飼ってる鶏や卵。自宅で栽培した野菜。どっかから獲ってきたタケノコ、キノコ。そこらに生えてる雑草?など)ばかり。買ってくるのは、牛肉・豚肉ぐらいでしたかね。

面白いのは、バッタやコガネムシなどの昆虫、蚕のさなぎを、大人も子供も‘おやつ代わり’に、よく食べるんです。(私、幼少の頃、イナゴ、ザリガニなどをよく食べてましたので、違和感はありません)

それに、私、食い意地がはってるせいか、タイ定住当初でも、タイ料理・イサーン料理に対する抵抗は全くありませんでした。

又、田舎では、乾季の気温の低い早朝は、毎朝、‘焚き火’で暖を取るんです。(暖房器具なんて全然ありません)

私、‘焚き火’を経験するのは、50数年ぶりでした。

このように、こと生活に関しての苦労は、一切、ありませんでしたね。

 

ただ、ウドンで暮らし始めて、不満は一つだけありました。

それは、広い意味での‘情報不足’です。テレビはタイ語でチンプンカンプン、日本の書籍を売ってる本屋もない、(日本の)新聞もない、日本の友人達との連絡は、バカ高い国際電話だけ。

これらは、後年、パソコンをやり始めてから、殆ど全て解決しました。

私、環境に対して順応しやすいタチなんでしょうかね?

 

以上、ウドン定住時の生活実感を記しました。

このタイでの田舎生活。日本での都会生活と比べれば、かなりのギャップ

がありますが‥。懐かしさを感じると共に、そのカルチャーショックを大いに楽しんで来ました。

タイでの生活感は、今でも変わっていませんね。

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コメント: 8
  • #1

    しゅん (木曜日, 30 10月 2014 05:02)

    一年間バンコクに住んでいた頃やノーンブアランプーに移られた頃は、お仕事はどうされていたのでしょうか?

  • #2

    HIDE (木曜日, 30 10月 2014 06:21)

    ふむふむ、興味深く拝見しています。

    アパート経営が大成功ですね。「先見の明」 あり!

    私の居住地暦です。
    私と妻は結婚して22年9ヶ月になり、最初の1年はノンカイで借家くらし、2年ー9年はウドン・ペン郡の妻の実家の村に家を建て田舎暮らし、10年目にノンカイで家を購入ー現在も居住しています。

    さて、日本語情報入手の件です。
    インターネット情報が入手できる前{8-9年以上前}は、1-NHKの短波国際放送 2-読売新聞アジア衛星版 で情報を入手していました。
    1の短波放送を聴くためSONYの高性能ラジオを購入して日々のニュースを聴いていました。
    2の読売新聞は、毎日午前10時すぎにノンカイ市内の文房具店にその日の新聞が売りだされるのを購入。全ページ端から端まで読んでいました。なにせ1部75バーツ{タイ語紙5バーツ、英語紙10バーツの時代}でしたから。ウドンでもウドン・ホテルの対面や旧ジャランシー・コンプレックスで入手できました。

  • #3

    NAO (木曜日, 30 10月 2014 07:44)

    しゅんさん。早速のコメント投稿、ありがとうございます。私、タイ定住当初から現在まで、ビザの関係(働いちゃいけない)で、ずーっと無職です。
    ですから、年金を受給するまでは、無収入でした。
    アパートの家賃収入は、全額、カミさんのモノ。
    一銭も貰っていません。
    それを覚悟の上での、タイ生活でしたので、まあ、なんとも思いませんが‥。

  • #4

    NAO (木曜日, 30 10月 2014 08:09)

    HIDEさん。毎度のコメント投稿、ありがとうございます。
    私、アパート経営(してるつもりはありませんが‥)が成功したのは、多分に‘運’が良かったのだと思っています。
    ウドン定住当初、私も、読売新聞衛星版を買い求め、読んでいましたが、75バーツという値段と、
    わざわざ遠くまで買いに行かなくちゃならない面倒から、その内、読むのを止めました。
    日本の情報入手は、ニュース番組‘NHKワールド’のみ。でも、この‘NHKワールド’が最悪。
    日本のニュースは、極端に少なく、しかも、しゃべりは英語のみ(日本語のテロップさえも入らない)。
    何か、「海外に住む日本人をバカにしてるような‘ニュース番組’」だと不愉快になったことを覚えています。

  • #5

    JOSAN (金曜日, 31 10月 2014 00:09)

    私は心臓病の為15年前に、医者に強制リタイヤさせられて、暖かいタイに移住しました。
    私はバンコク、コラート、パタヤ、と色々な場所に住みましたが、10年前から今の妻と結婚して、ウドンに家を建て娘と3人で住んで居ます。
    移住当時はインターネットも無く、久し振りに日本に帰る度に、浦島太郎の様な状態でした。(笑)
    最近はインターネットで何でも情報が入るので、ウドンに住んで居ても良い環境にに成りましたね。

  • #6

    NAO (金曜日, 31 10月 2014 02:23)

    JOSANさん。いつものようにコメント投稿、ありがとうございます。
    私もタイ移住当初の4,5年は、日本の情報が殆ど入手できませんでした。
    パソコンをやり始めてからは、日本のニュースをはじめ、どんな情報も得ることができるようになりました。
    JOSANさんと同じように、今でも、私、日本(東京)に帰ると、‘浦島太郎’状態です。
    特に、「国鉄と私鉄(地下鉄含み)の相互乗り入れ」やら「地下鉄新路線増設」やらで、路線網が複雑多岐になってます。
    目的地へ行くのには、どういうルートで行くのか、いつも迷ってしまいす。

  • #7

    しゅん (金曜日, 31 10月 2014 06:47)

    http://so-zou.jp/web-app/news/nettv-news/

    ニュースはこのサイトでお楽しみください。

  • #8

    NAO (金曜日, 31 10月 2014 12:48)

    しゅんさん。ニュースサイト情報、ありがとうございます。
    了解しました。